The formation of the Ocean〜海のできかた〜

Ikumi Togawa WORK in PROGRESS  継続する創作の場所

「黒い絵」テクスト原本

 

辿り着いた。此処。失ってしまった。失われてしまった?雲。曇り。窓。白。つきつけられている?

話しかけられている?話したいと思っている。手放したいと思っている。すぐに此処を離れたいと思っ

ている。もう行ってしまった?流れている。流されている。波だっている。湿っている。冷たいと思う。

悲しいと思う?

 

 何をしていても不安なのだ。毎日が、昼も夜も分からなくなってしまった。目が覚めると日がさして、

そのせいで、絶望的なのだ。太陽は私を安心させようと、期待でいっぱいにさせる。させようと、する。

いままでは、うん、と思ってやっていた。自分の胸に返事をしていた。深い胸の底に。私には見えない。

限りなく大きな声で。でも、息が上がって、体が固まって、口は開かず、目は眠たげなまま、乾いた雑

巾のような私になった。こんな事ははじめてだ!匂いのしないキレイ襤褸布だ。

 こだわるということをせずに生きてきたのか?こだわっている?こだわるって何だ?風に身を任せては

いけないのか?突風の中に強く根を張るってことなのか?風の敵となって、生き抜くということなのか?

木の葉のように、風の中に消えていってはいけないのか?私は、何の中にいるのか。いつから、この場の

所有物になったのか。

 

 どこに行っても不安なのだ。誰も知らない場所が好きだった。別に、私がそこに行こうと行かまいと、

セカイが、シャカイが、変わる事はないけれど。知らない私、いや、知っているけれど誰にも言えなく

なってしまった私が蘇るように、楽で、ふわ、としていて、何もかもがどうでもよくなるのだから!

 それは、恋をしなくて済むから、かもしれない。恋は恋愛に似て非なる。青や緑の恋もある。兎にも角

にも、私は恋をしやすいと思う。私は彼らをどんどんと吸収していって、ついには見通してしまうのだ。

そうして彼らは透明になって、私がその名前を覚える前に、目の前から、そ、と消えてしまうのだ。

 

 いつからか。このように困難になったのは。息をするのに、上を、光を、向かなくてはならなくなった

のは。眩しくて、なかなかそれが続かないというのに。下の、地上の、空気は笑って私の二本足の隙間を

縫っているだけで、少しも私に気づかない。それどころか、私の口元までも縫おうとする!

 どこからか。私の吸える空気の少なさ。時計がない。地図がない。時間を感じない?場所を感じない?

何処からが此処か。空に線を引けるのか?宙に壁を建てられるのか?揺るがない壁を。ゆとりのない壁を。

隙間のない壁を。抜け出せない壁を。

 

 空は、溢れている。声が、音が。誰とも手を取り合わない。ただ、溢れている。満ちている。満ち足り

ている。砂漠の灰のように。もういっぱいだ!だから、そこには何も、ない。何も、寄り付かない。何も、

訪ねない。何にも、頼らない。

 陽は、今にも、すぐに、零れ落ちる。それほどに、赤い。それほどに、丸い。うんと、丸い。限りなく、

丸い。ぽたぽたと海に流れる、いや、浮かんでいる?超撥水の海に。接点は、限りなく小さい。うんと、

小さい。そう、熱い固まりが、喉に浮かんでいる。熱くて沸騰してしまいそうだ。沈まないうちに蒸発し

てしまいそうだ。気化して、明日には風になってしまいそうだ。

 風は、寂しい。風は、悲しい。何故なら、もう戻っては来られないからだ。もし、再び出会うとしたら、

きっと海の果てだろう。身軽な私を運ぶのは、寂しいことではないだろう。山へ、森へ、木々へ、そして

その根元へ、色を嗅がせておくれよ。

 

 旅の終わりは、ない。何故なら、進んでいるから。進んでいるのだ。じっとしている?じっと待ってい

る?そんなのは嘘だ。そんなのはふりだ。そんなのは遊びだ。君は進んでいる。私は進んでいる。風景

は進んでいる。私は置いていかれないようにしている。そうしなければ、私の背景は黒い絵になってしまう!

 

 私はときどき走っている。ときどき怠けている。フツウには歩けない。同じようには、歩けない。けれ

ども、進んでいる。止まっていることは不可能だ!戻っていく者は、誰もいない。戻る事は、許されない。

戻るには許可がいる。過去に対して自由ではない。自由というのは未来へ、空へ、明日へ、一方通行なのだ。

決められた歩道橋を渡っている。下の方は、見えない。ただ、聴こえている。声、音を。見えない誰かの作っ

てくれた、グレーの手すりに掴まって。凹凸のない手すりに掴まって。

 

 秘色の空に尋ねている。

 

by渡川いくみ